不動産鑑定評価の問題点03 正常価格について

1.はじめに
不動産鑑定評価基準は、昭和39年に宅地制度審議会が建設大臣に答申を行って制定されたのが始まりである。(以下昭和39年基準という。)
その後、「宅地見込地の鑑定評価基準」「賃料の鑑定評価基準」が相次いで整備され、昭和44年に「不動産鑑定評価基準に設定に関する答申」がなされ、(以下昭和44年基準という。)、更に、平成2年(以下平成2年基準という。)、平成14年に改正されて現在の基準(以下平成14年基準という。)となっている。


その中で、「正常価格」は、不動産鑑定士が求める価格の中心的な価格として定義されているが、その解釈として「あるべき価格」か「あるがままの価格」かという論争が長く続いていた。しかし、平成14年基準において、「現実の社会経済情勢の下で」という文言が定義に加えられたことにより、「あるべき価格」という概念はほとんど顧みられることがなくなってきている。
「正常価格」は、われわれ不動産鑑定士が求める本質的な価格として、最も重要な概念であり、近年公的評価の一元化の下に鑑定評価制度が導入された固定資産税及び相続税等の「時価」、公共事業を行う場合の「正常な価格」にその概念が採用されている。
ここでは、「正常価格」について考えてみたい。
特に、その定義が過去の基準でどのように変わってきたのか。
本当に「あるべき価格」という概念はなくなってしまったのだろうか。また、それでいいのだろうか。

2.不動産鑑定評価基準における「正常価格」の定義の変遷
不動産鑑定評価基準では、次のとおり各基準で正常価格を定義している。
【昭和39年基準】
「不動産が一般の自由市場に相当の期間存在しており、売り手と買い手とが十分に市場の事情に通じ、しかも特別な動機をもたない場合において成立するとみられる適正な価格」(アンダーラインは筆者)

【昭和44年基準】
「市場性を有する不動産について、合理的な自由市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格」(アンダーラインは筆者)

【平成2年基準】
「市場性を有する不動産について、合理的な自由市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格」(アンダーラインは筆者)

【平成14年基準】
「市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格」(アンダーラインは筆者)

3.市場の定義はどうなっているのか
上記のとおり、正常価格とは、ある想定した市場で成立する適正な価格として定義されており、その市場について、昭和39年基準の「一般の自由市場」から、昭和44年基準及び平成2年基準の「合理的な自由市場」に変更され、平成14年基準では「現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場」となっている。
昭和39年基準では、正常価格の定義の中に市場についての条件を記載しているが、昭和44年基準と平成2年基準では、その市場概念を「合理的な自由市場」と言い変えているに過ぎない。
すなわち、昭和39年基準の第1(不動産の検定評価に関する基本的考察)の三(不動産の鑑定評価)に「合理的な市場があったならばそこで形成されるであろう正常な市場価値を表示する価格を、鑑定評価の主体が、適格に把握することを中心とする作業」と記載されていることをもって、「合理的な自由市場」といいかえているのである。
従って、昭和39年基準から平成2年基準までは、正常価格の定義は全く同じであるといえる。
このことは、昭和44年基準について解説している「解説不動産鑑定評価基準」において、正常価格の定義を述べた後、「これは、いいかえれば、市場統制等がなくて需要、供給が自由に作用しうる市場において、市場の事情に十分に通じ、かつ、特別の動機をもたない多数の売り手と買い手とが存在する場合に成立すると認められる価格、ということができる。」と記載されていることからも明らかである。ⅰ
では、平成14年基準の「現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場」とは、何を指すのだろうか。
平成14年基準では、「以下の条件を満たす市場」として、具体的に次のとおり記載されている。

(1)市場参加者が自由意思に基づいて市場に参加し、参入、退出が自由であること。
(2)取引形態が、市場参加者が制約されたり、売り急ぎ、買い進み等を誘引したりするような特別なものではないこと。
(3)対象不動産が相当の期間市場に公開されていること。

また、(1)の市場参加者について、次のとおり定義している。

市場参加者は、自己の利益を最大化するため次のような要件を満たすとともに、慎重かつ賢明に予測し、行動するものとする。
① 売り急ぎ、市場参加者が自由意思に基づいて市場に参加し、参入、退出が自由であること。
② 対象不動産及び対象不動産が属する市場について取引を成立させるために必要となる通常の知識や情報を得ていること。
③ 取引を成立させるために通常必要と認められる労力、費用を費やしていること。
④ 対象不動産の最有効使用を前提とした価値判断を行うこと。
⑤ 買主が通常の資金調達能力を有していること。

4.市場の定義の変更により、「正常価格」は変わったのか
上記のとおり、正常価格とは、ある想定した市場において成立する価格のことであり、その市場とは「合理的な自由市場」(平成2年基準まで)であり、また「現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場」(平成14年基準)である。
しかし、この上記の基準における市場の概念は、何が変わっているのか。
昭和44年基準で、「市場統制等がなくて需要、供給が自由に作用しうる市場」を合理的な自由市場としているが、このことは、平成14年基準で、上記(1)(2)といいかえているに過ぎない。また、平成14年基準では、市場参加者として、上記①~⑤を想定しているが、このことも、昭和44年基準の「市場の事情に十分に通じ、かつ、特別の動機をもたない多数の売り手と買い手とが存在する場合」をいいかえているに過ぎないのではないか。
では、平成14年基準とそれ以前の基準では何が違うのか、平成14年基準で「現実の社会経済情勢の下」と記載していることについて、要説不動産鑑定評価基準では次のとおり記載している。ⅱ
“「現実の社会経済情勢」とは、マクロ経済・地域経済の動向、不動産の需給動向、不動産に関する法制度や税制、不動産に関する取引慣行、市場参加者の価値観等を指す。「現実の社会経済情勢の下で」とは、こうした社会経済情勢を与件として扱い、社会経済情勢の一部を捨象したり理想的な条件に置換したりしないことを要請しているのである。すなわち、不動産鑑定評価で求めるべき正常価格は、現実の社会経済情勢を所与とした上での市場及び市場参加者の合理性を前提とした市場で成立する価格であり、「あるべき価格」ではなく「ある価格」であるといえる。”と、「現実の社会経済情勢の下」と記載したことで、正常価格とは、「あるべき価格」ではないということを明言していることになる。
しかし、私は、「あるべき価格」を否定するために「現実の社会経済情勢の下で」と記載したのであれば、あまり意味はないのではないだろうかと考えている。
不動産鑑定評価の基準の第1章(不動産の鑑定評価に関する基本的考察)の中の第3節で、「この社会における一連の価格秩序の中で、対象不動産の価格の占める適正なあり所を指摘することである」(アンダーラインは筆者)と記載されており、この社会における一連の価格秩序は、現実の社会経済情勢を下にして成立していることから、当然のことであるといえるのではないだろうか。
すなわち、不動産鑑定評価基準における正常価格は、その定義について、昭和39年基準から現在まで、基本的には何ら変更はないと考えられる。

5.「あるべき価格」と「ある価格」
正常価格とは、上述のとおり、不動産鑑定評価基準の改正で若干の字句の変化はあったものの、その定義はほとんど変わっていない。
正常価格とは、明らかに「ある価格」を指向するものである。
また、現実に不動産鑑定士が付けている正常価格として一般に公表されている価格として公示価格がある。公示価格は、一般の土地取引の指標となり、公共用地の取得の規準となることを目的としていることから、「ある価格」でなければ対応できないことになる。すなわち、売り手にも買い手にも損にならない価格という意味で、「ある価格」であるということになる。
では、「あるべき価格」とは一体何なのだろうか。
現在の要説不動産鑑定評価基準において「社会経済情勢の一部を捨象したり理想的な条件に置換した」場合を「あるべき価格」としているが、今まで「このようなことを想定した場合が「あるべき価格」とされていたのだろうか。
不動産鑑定士が求める価格は、現実に「ある価格」でなければならないということと、「あるべき価格」を上記のように定義して不動産鑑定評価の世界から排除してしまうのは誤りなのではないだろうか。
「あるべき価格」とは、全く考えなくていいことなのだろうか。
私たち不動産鑑定士は、バブル期に多くの不動産鑑定評価を行っている。その価格は、取引事例比較法を主たる手法としていることから、バブル崩壊後の今から考えた場合は明らかにバブル分を含んだ価格であったといえる。
現在は、その逆で不動産の価格は極端に低下している。地方圏においては投資用不動産の利回りが10%を超えることは通常であり、金融機関も粗利回りが10%では融資しないような状況となっている。現在の市場で流通している価格、また、それに基づいて決定している正常価格は低すぎないのだろうか。
バブル期及びその崩壊期を経て不動産の価格は大きく変貌している。不動産の価格は、もし「あるべき価格」があるとしたら、その「あるべき価格」について、バブル期は高くなりすぎ、現在は低くなりすぎているのではないだろうか。
株式におけるオーバーシューティングと同じ様相をこの期間には表しているのではないのか。
私は、不動産鑑定士が現実の不動産鑑定評価を行う場合、「ある価格」を付けるのは当然であるし、そのことを否定するものではない。
しかし、今こそ不動産鑑定士は「あるべき価格」とは一体何なのだろうかということを本当に議論する時期に来ていると思う。そしてその時は「どうあるべき」価格なのかを議論する必要があると考えている。
現実の「ある価格」を明示するのが、その業務の重要な内容であるとしても、社会経済情勢の変化を長期的に見て、本来の「あるべき価格」を指摘することも不動産鑑定士の重要な任務であるのではないだろうか。


ⅰ解説不動産鑑定評価基準、66ページ
ⅱ要説不動産鑑定評価基準、94ページ

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